容器を用意するのが難しかった時代

戦後もしばらくは食糧難と共に、「容器難」の時代が続きました。調味料に絞れば容器の主流はガラス瓶で、詰め替え用のポリエチレン袋がある程度に過ぎませんでした。

しかしそれでも限られた素材を使って様々な改良が重ねられ、消費者の利便性に貢献することが包装材メーカーの使命でした。

この点は今も昔も変わりません。例を挙げましょう。今ではあまり考えることも無い、調味料容器の振り出し口ですが、終戦から10年経った頃は、その設計に関して色々な噂が飛び交いました。

「メーカーが売上を伸ばすために穴を大きくしている」といったデマが典型例です。容器のパターンが少なかったために、そのようなたわい無い噂が生じることになったのでしょう。

もちろん当時のメーカーにそのような意図はなく、真相は技術の進化にありました。化学調味料は、結晶の大きさと母液の純度とが相関しています。

戦前は純度の低い母液しか造れなかったため、結晶が小さかったのですが、戦後は純度の高い母液を造ることに成功し、結晶が大きくなったのです。振り出し口の穴の拡大にはそのような背景があったわけです。